フリースタイルカヤック。耳慣れない名前の競技だが、実は八王子市に世界王者がいる。高久(たかく)瞳さん(42)は国内の第一人者で、世界選手権やW杯でも優勝している。国内外の河川を渡り歩く日々だが、地元での練習場所はなんと、市立小学校のプールだ。
小学校のプールで練習する高久瞳さん=八王子市で
フリースタイルカヤック岩にぶつかる水流や川床の落差で生まれる「巻き返し波」の中で、カヤックを操って回転やひねり技を繰り出す競技。制限時間内に、技を成功させた点数を競う。五輪種目には含まれていない。
練習場所の小学校のプールで笑顔を見せる高久瞳さん=八王子市で
6月中旬、日差しの照りつける市立第七小の屋上にある25メートルプール。カヤックに乗った高久さんはオールを水面に突き立てると、次々と技を繰り出した。カヤックが水面と垂直になるように持ち上げて回ったり、前転するように360度回転したり。水面が激しく揺れてしぶきが飛ぶ中、動きを確認するように、2時間ほど練習を重ねた。「最近は10代の選手も多いし、負けていられない。誰よりもこいで技を磨かないと」
小学校のプールで練習する高久さん=八王子市で
杉並区出身。大学を卒業して社会人になった22歳の夏、アウトドアが好きな兄に誘われて、初めて2人乗りのカヌーに乗った。「泳げない私でも、水しぶきをあげながら自然の中を進む爽快感に感動した」
カヌーの中でも渓流を激しく進むカヤックに夢中になり、福島県いわき市の練習場所まで毎週末、通い詰めた。朝は誰よりも早くから水に入り、誰よりも遅くまでこいだ。
2011年ごろから試合に出始め、すぐに頭角を現した。翌年には日本代表になり、数々の大会で優勝。勤めていた会社を辞めて競技に専念するようになった。19年に世界選手権を制覇。「始めたのが遅かった分、誰よりもがむしゃらに練習したおかげかな」と振り返る。今は市内の実家を拠点に、国内外の河川を転々として生活している。
2024年5月のW杯シリーズに参戦し、激しい流れの中で回転する高久瞳さん=ドイツで(本人提供)
マイナースポーツゆえ、特に金銭面の不安は尽きない。「貯蓄を取り崩しながら節約して生活しています」。練習後に川で魚を釣り、近くの森で山菜を摘んで自炊する。「マイナースポーツはスポンサーさんもあまり見つからなくて…」
練習場所の確保も悩みの一つ。中でも、実家に滞在中の対応に困っていた。そんな時、事情を知った市職員が市立第七小に掛け合ってくれた。同小はプールの授業がない時期も災害時用に水を張っており、いつでも練習に使えることに。児童の前で実演したり、児童と一緒に給食を食べたりして交流を深めることもある。「応援してくれるのがうれしい」と目を細める。
2024年5月のW杯シリーズで金メダルを獲得した高久瞳さん(中)=ドイツで(本人提供)
地元にも支えられ、今年の戦績は好調だ。5月にドイツ・プラットリングであったW杯シリーズに出場。長年経験を積んできた、膝を曲げて艇に座るフリースタイルカヤックの「WK1」部門では第2戦で優勝。今年から始めた、膝を伸ばして座るフリースタイルカヌーの「WC1」部門でも3位に輝いた。「現地の水量は毎日目まぐるしく変化して、攻略が難しかった。常に全力でこいだ結果が出てうれしい」と喜ぶ。
どれだけ打ち込んでも、終わりは見えない。「完全に満足のいく『1本』をこぎ切ったことはない。生涯ずっと楽しむためにも、これからも強くなりたい」
◆文と写真・昆野夏子
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