エスペラントという言語をご存じだろうか。どの国や民族にも結び付かない公平中立な国際語として、19世紀後半にポーランドの医師が考案した。英語が世界共通語の地位を確立した昨今、姿を消すのかと思いきや、ゲームやアニメに「謎めいた言語」として登場するほか、世界各地の戦禍を背景に新たな価値を見いだす人たちもいる。
エスペラントの文法について話し合う「板橋エスペラントクラブ」のメンバーたち=板橋区で
「Saluton(サルートン)」。聞き慣れないあいさつとともに、板橋区の成増生涯学習センターに集まってくる人たち。一通りあいさつが済むと、英語でもロシア語でも中国語でもない謎の言語で順番にスピーチし、その内容を日本語で論じ始めた。彼らが話している言葉こそ、1887年に原案が発表された人工言語・エスペラントだ。
生みの親は、ロシア帝国領だったポーランド東部出身の眼科医ラザロ・ルドヴィコ・ザメンホフ(1859~1917年)。故郷に住むユダヤ人やポーランド人、ロシア人、ドイツ人らが民族や言葉の違いから対立する様子を目の当たりにし、民族や国籍の垣根を越えた言語を考案した。エスペラントとはザメンホフのペンネームで、「希望する人」という意味を持つという。
誰もが一から覚えるからこそ、学びやすさが最大の特徴だ。母音は日本語と同じく五つ。一つの文字が一つの音を表し、文字の組み合わせで発音が変わることはない。英語でいう「be動詞」の現在形は「estas」のみで、主語が変わっても同じ。単語の語尾は名詞が「o」、形容詞が「a」、動詞の現在形が「as」と決まっている。
「単純な法則があるだけなので、一つ単語を覚えれば倍々で語彙(ごい)を増やせるんです」。愛好者でつくる「板橋エスペラントクラブ」代表の野口達也さん(50)は言う。外国語学習の壁となりがちな動詞や名詞の活用も少なく、「日本人にとっても、他の言語よりずっと覚えやすい」。
正確な統計は存在しないものの、世界120カ国・地域に約100万人の話者がいるともいわれるエスペラント。日本でも1970年代ごろまで、平和追求の理念に賛同して学ぶ若者らも少なくなかった。だが、近年は英語の普及もあり、学習者は減少傾向にある。
それでも、学び続ける人たちがいる。4年前から板橋のクラブに通う会社員の加藤耕平さん(32)=埼玉県富士見市=は、趣味のクラシック音楽演奏のためにフランス語を学ぶ中、単語や文法が近いエスペラントに興味を持った。
エスペラントで出版されたオリジナル文学を読み、自分自身もエスペラントで詩をつづる。「学ぶ面白さがあるだけでなく、芸術を享受して表現する新たな道具になりました」
どの国の言葉でもない謎めいた雰囲気はファンタジー作品と相性が良く、アニメやパソコン用ゲームなどで、架空の世界の言葉として使われるようになった。
日本エスペラント協会の事務所ではエスペラントで書かれた書籍を販売している=新宿区で
日本エスペラント協会(新宿区)の臼井裕之理事(56)は「アニメやゲームをきっかけに関心を持つ若者が増えた。楽しみとして学ぶ側面が強くなっている」と指摘。一方でウクライナや中東などの戦禍に触れ、「どの国にも民族にもくみさないエスペラントの意義は大きくなるのではないか」と先を見据える。協会への問い合わせは電03(3203)4581へ。
◆文と写真・佐藤航
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