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<大江戸残照トリップ 田中優子さんと歩く>(27・最終回)根津 「不夜城」は文豪の街に

2026-03-23 HaiPress

根津神社の唐門前で内海明子さん(右)から境内の説明を受ける田中優子さん=いずれも文京区で

大都会・東京の真ん中にあって不思議な静けさと落ち着きを湛(たた)える根津(文京区)の街。根津神社の門前には、かつて遊廓が栄えていた。夏目漱石、森鷗外が暮らした文豪の街でもある。

東京メトロ根津駅から北西の方向へ5分ほど歩くと根津神社。表参道の鳥居をくぐる前に、門前にある杉本染物舗の外壁にある案内板に目を留めてみるといい。

乙女稲荷神社に続く参道に並ぶ千本鳥居

江戸時代、ここには、吉原、品川と並ぶ規模の遊郭があった。数十もの妓楼(ぎろう)が立ち並んだ「不寝(ねず)」の街。しかし明治となって、近くに東大、一高が開設され、学生が入りびたるといった理由で廃止された。実際に東大生であった坪内逍遥は、この地の妓楼の遊女を妻とした。また森鷗外の小説「ヰタ・セクスアリス」にも「根津の八幡楼」という妓楼が登場する。主人公の学生時代の友人が、遊女にのめり込み、身を持ち崩していくという話である。

陸軍軍医であった鷗外は根津神社の氏子であり、縁が深かった。鳥居をくぐり、すぐ右手に立つ瀟洒(しょうしゃ)な屋敷は鷗外の旧居のひとつ。2025年7月に台東区から移築され、「舞姫」を執筆した当時の住まいだったことから、「舞姫の家」と呼ばれる。

門前の通称「S坂」も鷗外の小説「青年」に登場する。

もうひとりの明治の文豪、夏目漱石の旧居跡も根津神社の裏門からほど近い日本医大同窓会館の敷地内にある。

夏目漱石の旧居跡に建てられた石碑と猫の像

東京帝大の講師であった漱石は、ここで初の作品「吾輩(わがはい)は猫である」を書き上げ、文壇にデビューした。屋敷は「猫の家」とも呼ばれたが、愛知県犬山市の明治村に移築された。現在は案内板と塀の上を歩く猫の彫刻があるだけ。鷗外もある時期、同じ場所に住んでいたというから驚きだ。

根津神社といえば、名高い「つつじまつり」は4月1日から30日までの開催。約100種3000株のツツジが咲きそろう。骨董(こっとう)市や植木市もあり、下町に春の到来...

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