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民間の空襲被害者への補償なしは「勝手に生きて、と言われたよう」…やけどの痕が消えない87歳女性の憤り

2026-06-23 HaiPress

太平洋戦争の空襲被害者救済法制定を目指す超党派「空襲議連」(平沢勝栄会長)が22日総会を開き、6月末まで政府・与党と調整した上、賛同する党派で今国会に法案を提出することで合意した。

◇◇

◆火の粉を払いよけながら2時間半の空襲を耐えしのいだ末に

「80歳にもなれば、消えるかねって言ってたけど、消えることはなかった」。阪本光子さん(87)=東京都府中市=の左足には今も、81年前の空襲で負ったやけどの痕が残る。

東京大空襲に遭った体験を話す阪本光子さん=20日、東京都江東区の東京大空襲・戦災資料センターで

1945年3月10日未明の東京大空襲。現在の江東区の亀戸駅近くに住んでいた当時5歳の阪本さんは、母に手を引かれて「火の海」を逃げた。風上の駅方向へ向かったが、避難者が入り乱れて、途中から進むことができず、母としゃがみ込んだ。

人の波は容赦なく母子に乗っかかり、2人は踏みつぶされた。「痛い、痛い」。状況はよくわからなかったが、阪本さんは足に痛みを感じ、叫び続けていたという。降り注ぐ火の粉を払いよけながら2時間半の空襲を耐えしのいだ末、痛みの原因がわかった。左足のふくらはぎに「サツマイモくらい」、すね側も「ジャガイモくらい」の大きさのやけどをしていた。

◆「やけどしちゃったってことは、いつも頭の中にあった」

被災後は千葉県の親類宅に身を寄せたが、やけどの傷痕から...

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