インドの急進的な独立運動家だったスバス・チャンドラ・ボース(1897~1945年)の遺骨が、蓮光寺(東京都杉並区)に安置されている。英国の植民地だったインドの独立を目指し、第2次世界大戦中に日本軍とともに戦い、終戦直後に台湾の飛行場で事故死するという数奇な運命をたどった人物。近年、インド国内で「英雄」としての存在感が高まり、寺にはインドの人たちが大勢訪れている。(佐藤大)

チャンドラ・ボースの法要に訪れ、胸像に向かって手を合わせるインドの人たち=杉並区の蓮光寺で
ボースの命日の8月18日、蓮光寺で82回目となる法要が執り行われていた。参列者にはインドの人たちの姿が目立った。
日本に5年ほど住み、IT関係の仕事をしているというディパンカル・ナートさん(48)は「ネタジはインドの独立に貢献した。ふるさとのヒーローであり、レジェンドだ」と感慨深げ。息子と訪れたシバ・サンカル・サダンギさん(45)は「ネタジはインドの自由のために闘った一人。ほとんどインド以外で活動していたので、ミステリアスな存在でもある」と語った。

ボースの遺骨が安置されている供養塔=杉並区の蓮光寺で
「ネタジ」とは「指導者」の尊称。なぜインドの「英雄」の遺骨が蓮光寺に納められているのか。
ボースは1945(昭和20)年8月18日、ソ連を目指す途上で、台北の飛行場から離陸直後の飛行機事故で死亡した。
遺骨は日本に運ばれたが、連合国軍側の英軍と戦ったボースの遺骨を納めることを多くの寺が拒んだ。受け入れたのが、蓮光寺。当時の住職は「霊魂には国境はないのみならず、死者に回向することは仏法に従事する僧侶の使命」と書き残している。

1943年6月14日、東条首相官邸におけるボース(中)
法要は毎年続き、ボースと日本で親交のあった人らによって、寺の境内に1975(昭和50)年に記念碑が、...
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